私のものがたり -母の死と癒しの旅ー
私のグリーフのプロセス
わたしのグリーフのプロセスは
私の中にある様々な感情と向き合うプロセスでもあった。
母を亡くした悲しみはもちろんのこと
あの時こうしてれば、、、
あの時あんなこと言わなければよかった、、、
などの後悔や罪悪感、
そして、ゆるせない気持ちなど
複雑な感情が絡み合った。
自分の中の複雑な感情を知り
見つめ、癒していくプロセスは
ただ死別の悲しみを癒やすだけでなく
深い気づきと愛をわたしに教えてくれた。
人生の辛い経験は
より深く自分を理解し
愛に目覚めさせるために用意されているのだと思う。
突然の母の死
母の死は
あまりにも突然に訪れた。
それは、わたしが16歳の春。
姉の誕生日の翌日。
母が帰ってこない、、、
今日はずいぶんと遅いなあと思っていたら
母の職場から電話が鳴り
母が交通事故にあったので病院に来てほしい
と連絡が入った。
母は小太りで
中性脂肪に気を付けないといけない体型だったけれど
美容と健康を気にして
体に良いものを食べていたからか
肌艶も良く、健康だった。
病院にかけつけると
母は寝台の上に横たわっていて
血の気がなくなり、動かなくなっていた。
病院の先生から
即死だったと聞いた。
あまりにも突然のことで
頭がフリーズした。
父と姉妹が泣き崩れ
わたしは学校と親戚に電話を入れた。
涙は出なかった。
葬儀はあっという間に終わり
現実味がないまま
母は私の世界からいなくなった。
今あるものが明日もあるとは限らない。
大切な人を大切に
大切なものを大切に生きよう。
そう、学んだ出来事だった。
家庭崩壊
母の死後、
母の存在の大きさを知らしめられることとなった。
母を亡くして
家庭はもはや回らなかった。
父はしばらく位牌の前で泣き暮らし
その後、おともだちと出かけて家をあけることが多かった。
長女の姉は受験の時期で部屋にこもっていた。
少し前までは母の温かいご飯を囲んでみんなで楽しく笑っていたのに
家族の心も行動もバラバラになった。
母の死から2年後、ストレスと不安で
わたしは極端な過食を繰り返すようになった。
もともと吐けない体質だったから吐くことはなかったものの
からだが動けなくなるまで食べ
体重は18キロ増えた。
父とけんかをして家を出てから、症状は収まったが
買い物中毒、と対象を変えて依存症は続いた。
振り返れば、「つらい」「さみしい」「助けて」
そんな気持ちを誰にも伝えられずに、ただ自分の中に押し込めていた。
だからこそ今、過去のわたしのように
ストレスが原因で異常な行動パターンや、体の不調がある人がいたら
まずはご自分の心を、大切にケアしてあげてほしい。
変化の時
幸いにも、
私は友人に恵まれた。
20代前半、インドで知り合った友人に
「キヨカを愛する責任がある人は世界中でキヨカだけだよ」
という名言をいただいた。
「お父さんもお母さんもボーイフレンドもキヨカを愛する責任はない」
と耳を疑うような言葉をかけられ、衝撃を受けた。
ここから、わたしのセルフラブの探求が始まった。
「自分を愛するってどうやってやるの?」
さっぱり分からなかった。
「そもそも、自分を愛するって何?どうしたら自分を愛せるの?」
疑問だらけのスタートだった。
今の夫に出会い、
アメリカ流のあいさつの抱擁をした際に、
わたしのハートが「この人、ほしい!」と強烈に叫んだ。
ラッキーなことに、彼とお付き合いがはじまり、
「この人に見合うすばらしい女性になりたい」という思いがわたしの中に芽生えた。
アメリカと日本という遠距離恋愛だったため
毎日連絡を取り合う、ということが忙しい時には難しく、
自分で自分を安心させてあげられる女性になる、と心に決めた。
人生に悲観的で、不幸を周りのせいにし、
家族や恋人に精神的に依存していたわたしから、
自分を愛し、精神的に自立した女性になる!とわたしは生まれ変わった。
我ながら、愛の力はすごいと思う。
愛に勝る薬なし、と思う。
愛を渇望している人がいたら、
沢山の愛をまずご自身に与えてあげてほしい。
クンダリーニヨガとの出会い
わたしがクンダリーニヨガに出会ったのは
アメリカに移住した2016年。
クンダリーニという言葉が気になっていたからか、
当時住んでいた家の近くにあったクンダリーニヨガスタジオの広告を
頻繁に目にするようになった。
クンダリーニヨガがどんなヨガなのか知らないまま、
ある日、グルーポンで安くなっていた回数券を購入し、
スタジオを訪れてみた。
はじめてのクラスは衝撃的、というのが正直な感想で、
今までに体験したことのないようなヨガだった。
正直あまり好きになれず
なぜ回数券をかってしまったのだろう、、、
とも思ったが、
折角買ったのでまたクラスをとってみることにした。
そして、そこで運命的な出会いを果たした。
2回目に訪れたクラスがとても気に入り
そのお気に入りの先生のクラスに足しげく通うようになった。
その先生は、クンダリーニヨガのほかにも、
レイキやサウンドヒーリングをしていた先生で
シャバーサナ中にサウンドヒーリングをしてくれた。
そしてそのとき、
母が亡くなった時の光景が目に浮かび
それまでプロセスできていなかった感情が一気に表にあらわれ、
涙がとまらなかった。
心が浄化され軽くなった。
マントラと瞑想もすぐに好きになり、
クンダリーニヨガがもたらす深い癒しときづきに
ただただ感動するばかりだった。
この体験を通して、
「音の振動や呼吸を使えば、心に溜まった感情はからだからも解放できる」
ということを学んだ。
心が整理できていなくても、
うまく言葉にできなくても、
わたしたちは“からだ”から癒しのプロセスをはじめることができる──
もともと自分の気持ちを言葉にするのが得意ではなかった私にとって、
これは本当にありがたい気づきだった。
そしてここから、わたしの“瞑想とサウンドヒーリング”への深い旅が始まった。
